うだ話42


     うだ話42  関西近世考古学研究会 特別研究会「研究論文発表10年後の再検討」参加記

はじめての関近研参加記かも?豊田裕章氏は急務につきお休みでした。
2004/7/10

元タイトルは以下とおりですが、変更になっています。
       1.稲垣正宏氏   二つの珠光茶碗   
                 −定説の13世紀・同安窯青磁(珠光茶碗)を否定−
                変更後「珠光茶碗から珠光青磁へ」
       2.松尾信裕氏   大阪住友銅吹所跡の再検討   
                変更後「大阪城下のあり方」(正規なタイトルはなし。)
       3.森村健一氏   ビッテ・レウ号(1613年沈没船)の陶磁器   
                 −ヨーロッパの紅茶文化と日本の煎茶文化の比較−

・稲垣正宏氏
前考において、珠光茶碗が同安窯系青磁でないことを論じたが、その後茶会記など様々な文献を踏査した結果を報告。踏査すればするほど、不明確な部分がクローズアップされ、ますます不明な部分が増える。茶会記にある記述を説明をそのまま理解すると、広東省白馬山窯の製品が有力である。しかし、日本での出土が全く確認できない状況では、推定の域を出ない。

文献と考古資料をリンクさせて分析を行う典型例。ただ、記録からすると10点前後の個体数とみられる、これらの茶碗を分析すること自体に限界がある。

・松尾信裕氏
住友銅吹所については正式報告が出ているので、その後の分析はほとんど行っていない。大坂城下の発展に興味が進んでおり、今回は「船場」の発掘調査に基づいて、町の都市計画について分析。街路、街区のあり方、屋敷地内家屋配置、礎石、井戸使用材など、話は多岐にわたり、船場の北半部の開発のあり方を論じる。近代以降の都市計画によって街路が変更になっており、発掘調査では屋敷地の中心部分しか発掘調査できない。木戸部分、街路が発掘できない状態で、不明な部分が多い。

発表者も指摘するように、不明な部分が多くその部分を推定によっている。推定の上に推定を重ねた仮説となっている。古町絵図との比較では、整合するする仮説であるものの、それを論証する根拠が少ない。

・森村健一氏
陶磁器のあり方を茶文化の視点から論じたもの。当時の中国、ヨーロッパの絵画から、陶磁器の使用のあり方を観察し、沈没船、出土遺物と比較する。紅茶、煎茶の文化史論。

絵画資料をそのまま使用する点、非常に違和感を感じた。まず、使用する絵画資料の資料批判を行った上での考察をお願いしたい。評者も絵図等は使用するが、「書く」という行為は人為的なものであり、常に批判対象としてしている。「絵にある。=事実。」は無批判に成立しないと考える。


以上、分析の内容は中間的なものであり、その結論については云々せず、分析手法に絞ってコメントする。内容について間違いのある場合は評者の責である。

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