うだ話57


     うだ話57  建造物の調査・・・その2

本来はもっと早く書くつもりでしたが、なんだかんだとあり、失礼しました。ちょっとタイトルが変わりましたが、「建造物の調査・・・その1例」の続編です。(前作とセットのつもりで考えていました。)

さて、発掘調査で建築部材などの木製品が出ると、担当者はもの凄いことをします。一枚一枚丁寧に図面を書く。表裏、断面、側面。加工痕も細かく観察して実測図にします。これを元にして文章化。こだわる人はこと細かに文章にします。報告書では図面をトレースした綺麗な図を載せて、写真も最低表裏2方向は載せますね。加工痕のアップも載せたりします。正式報告書では観察表という一覧表をつけます。

しかし、そこまでやりながら部材の位置付けは、「用途不明木製品」・・・。報告書読んでいていつもガッカリします。この前、どこかの博物館でも「用途不明木製品」として沢山木製品が展示されていて、目が点になりました。報告書でも、扉の部材なんて報告される例もありますが、全体が残っているなど状態の良いものに限定されますね。

いくら部材だと言っても、これだけ時間かけて観察したなら、柱材とか床材とか一定推定しても良いのではと思います、できるはずなんです。なのに、「用途不明木製品」。

建築史のほうはどうかというと、前にも書きました細かなことを気にしません。確かに、目の前に建物があって、全体が見えている。部材も位置がハッキリしているので、いちいち見なくても分かる。全体のあり方、構造が問題になって、柱のあり方、壁のあり方、扉の改変など、建物全体から理解するようです。当たり前といえば当たり前ですが。

「木を見て森を見ず。」という諺がありますよね。考古学の方はまさにこの状態。上記の観察、理解の仕方からすると、「枝を見て木と森を見ず。」と言っても良いかもしれません。

これとは逆に、建築史は「森を見て木を見ず。」かなって感じでしょうか?扉などの構造一体は見ていますので、「森を見て数本単位の木も見る。」て所でしょうか?

これって非常にもったいないような気がします。考古学の方は建築史的な視点にたって分析すれば、建物についての復元がもっと進む。少なくとも「用途不明木製品」なんて用語は報告書から消えるでしょう。建築史の方は考古学のように細かな観察をすれば、その建物のさらに細かな変遷が追える。

それぞれの立場で求められる物が違うので、2つの視点で追えるようになるのは無理かもしれません。でも少なくとも、それぞれの長所と短所を理解した上で、共同しながら喧々諤々(けんけんがくがく)議論しながら調査分析にあたれば、もっと良い調査成果があがると思うのですが、無いですね・・・現在の建造物や出土した部材などを両者で調査するなんて。

これまでいろいろ経験して、見聞きしていくうちに考えたことです。


ひょっとしてこの考えを持つのは、代々大工だった家に生まれて(ちなみに父は普通の会社員)、常にみじかに大工道具があった、父の指示のもと建築廃材を使って納屋や倉庫などを建てたことがある、実家の材木は山から自分たちでおろしてきて、皮剥までした檜であるなどの経験をした私だけのことかもしれません。ちなみに、実家は一間六尺五寸で建てていて、六畳間が広い!尺も剣道をしていた関係で、日常用語?中学生が使える竹刀は三尺七寸のものまで・・・。

以上、建築とかかわっての雑感です。建築に関してはこれにて終了といたします。

(この話は、他の分野でも言えます。動物の骨や種子、石などの自然遺物、地質学、寄生虫などなど。考古学のことばかり例に出しましたが、同じ現場に立っているのに、専門家に任せればOKって感じで見向きもしない?なんで共同でじっくりやろうとしないのでしょうか?)

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