うだ話21


     うだ話21  近世建造物

考古学から離れてちょっと横道。

近世建造物で一番問題になるのは、古材を使っている所です。普請帳などで建築年代がはっきりしていても、商家の下店なんかのところに古材を使っている場合がよくあります。この材木がどこからきたか? これがなかなかくせ者で、壁とかが傷害になって、見えている部分だけのほぞ穴の状態なんかでは、元どういう風に使われていたかわからないのが現状です。 そのお家の歴史とかと普請帳の記録から、前身建物の一部を転用したと考えるのが普通です。

今の壁をとったら古い壁が出てきた、戸口たっだとところを壁にした、壁だったところをと戸口にしたなんてのいうのは木造建築の当たり前の姿。(弱い技術とか言っている人がいましたが・・・・・(^^)

一番やっかいなのは、焼失したもの。 焼失して建て直したという記録があっても、完全に焼失したのか、部分的に残ったのかがわからないので、これも、前身建物の一部を転用したと考えます。でも、すべて焼けていたら転用できないので、ホントかな〜って感じですね。

現代の例ですが、「いろいろ」でも紹介しています竹本家住宅(大阪府貝塚市西町)は、近世家屋の解体材を集めてきて、内部を改装してます。また、ちょっと前まで(バブル以前)は、旧家の解体材木は貴重な資源として売買されていました。ハリや柱が太いものが多く、今では手に入らないので。

こうなると、単純に「前身建物の材を転用した」とはいえないような気がします。

近々、貝塚寺内の中心寺院願泉寺本堂の半解体修理が実施されることになっています。これが濡れ縁部分の材木の多くが転用材です。これも前身本堂からの転用材といわれていますが、私は疑っています。でも、解体が始まればはっきりするかな?と期待しています。

この話は考古学とまったく関係ないようにみえますが、上物は変わっていても、礎石はそのまま使っていて同じだったりしますので、このことを考えて、検出した礎石の状態を考えないといけないのですよ。関係あり!(^^

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